携帯電話料金値下げを主な政策に掲げる菅内閣の誕生により、政府や総務省による携帯電話業界への指示・要請が一段と増えてきました。
通信ネットワークは社会インフラの一部であり、その恩恵を享受する我々や企業などは誰しもが「できることならば安くなってほしい」と願うのは当然です。しかし、携帯電話料金値下げというおおきな目標に対して、現在に至るまでの政府の政策・方針は果たして正しかった/効果的だったのでしょうか。
この記事のポイント
- 総務省の施策はキャリアの乗り換えに焦点があたっている
- 思惑通り乗り換える障壁は下がりつつあるが、乗り換えるためのインセンティブに欠けた政策であることがズレている点だ
- 乗り換えが活発化する→競争促進→価格が下るの三段論法は正しいのかは要検討ではないか
目次
今までの総務省が携帯電話業界へ行ってきた指示・要請
まずは今まで総務省が携帯電話業界へ行ってきた主な政策を振り返っていきましょう。(見落としがあるかもしれませんので他にもあったらコメントお願いします。)
影響の大きかった政策
SIMロック解除義務化
まずはSIMロック解除の義務化でしょう。
かつてキャリア各社は自社から販売されるスマートフォンにSIMロックを掛け、他社回線で利用できないようにしていました。総務省はこれを撤廃し、SIMロックが解除できるようにすることでキャリア乗り換えを促し、競争を促そうとしました。
2年契約の見直し(解約手数料の見直し)
また、キャリア乗り換えにあたって2年契約の区切り以外に9,500円の契約違約金が発生するといういわゆる2年縛りが大きな障壁であったため、総務省により2年契約の違約金を1,000円経引き下げ、2年契約の節目である更新月も延長されました。また、2年契約なしのプランの価格差が数千円から170円まで引き下げられました。
分離プランの推進
乗り換えの阻害要因として回線と一緒に端末の分割購入をしていることも挙げられたため、端末の購入と回線の契約を分離する分離プランを推進しました。これにより端末持ち込みで気軽に回線契約ができ、キャリア各社で競争が起きるだろうと見込みまれています。
近頃の政策
5GがMVNOにも提供されるように要請
総務省はMVNO各社も5Gを利用できるように要請しています。これにより通信費が安いMVNOの競争力を大きくしようとしています。
MNP手数料引き下げ
また、従来は3,000円であったMNP転出手数料を1,000円以下にするよう要請しています。これによりキャリアの乗り換えが気軽にできることで競争を促す狙いがあります。
eSIM推進
つい最近ニュースになったのがeSIMの推進です。物理SIMいらず、手続きのオンライン化が期待できるeSIMを推進することでキャリアの乗り換えを気軽にし、競争を促す狙いがあります。
キャリアメールの引き継ぎ
これまたつい最近のニュースですが、キャリア乗り換えの障壁であったキャリアメールをMNPのように引き継げるようにすることを検討しています。これによりキャリアの乗り換えを気軽にし、競争を促す狙いがあります。
ユーザーへ悪影響があった政策
大幅割引の規制(上限2.2万円までに)
いままでキャリア各社はユーザーを引き込もうとするあまり、MNP転入者に対して端末の一括0円販売、キャッシュバック等を行ってきました。これを受け、総務省は公正な競争が阻害されているとして大幅割引を禁止しました。
現在、通信事業者が端末抱き合わせ販売する際の割引は最大2.2万円までという規制がされており、かつてのような大幅割引はなくなりました。市場が健全化したとはいえユーザーからしてみれば端末が高くなった印象を受けます。
データカウントフリーの規制
細かいところでいうとSNSは通信容量に含まないというデータカウントフリーに対して、特定のサービスの優遇でありネットワークの中立性を損なうとして、総務省は規制しようと働きかけていました。
ざっとこんなところでしょうか。
総務省によるこれらの指示・要請・規制を受け、携帯電話料金は安くなったでしょうか。おそらくほとんどの人は「変わらない」「むしろ高くなった」と感じているのではないでしょうか。
買い換えようと思わせるインセンティブへの配慮が足りない総務省の政策
今まで総務省が行ってきた政策を見てみると一つの共通点に気づきます。それは、ほとんどがキャリアの乗り換え促進のための政策であることです。
更に深ぼっていくと、「消費者がキャリアを乗り換えやすくするための政策」です。
我々消費者がキャリアを乗り換えようと思うにはどのようなプロセスを踏む必要があるかを考えると、大きく分けて「キャリアを乗り換えようと思う(検討)」と「実際にキャリアを乗り換える手続きをする(実行)」の2段階に別れます。
具体的な例を上げると、たとえば検討段階で躓くのは
- 乗り換えるメリットが少ないから(割引が少ないなど)
- 乗り換えても違いがないから(月額料金、回線品質、他のサービスなど)
- 現状に満足しているか現状に満足しているから
- プランが複雑でよくわからないから
などが挙げられます。一方で、実行段階で躓くのは
- 手続きが面倒だから
- 手数料を取られるから
- 満足できる料金や回線、機種がないから
などが挙げられます。
さて、今まで総務省が行ってきた政策ですが、2年契約の見直しや各種手数料の引き下げなど、影響が大きかった点は乗り換えの「実行」に対しては大きな影響がありました。一方で、乗り換えの「検討」を推進できているでしょうか。
例えばSIMロックが解除できるようになったこと、2年縛りがなくなったこと、キャリアのメールが使い続けられるようになったこと。これらは検討段階に影響を与える要因ではありますが、じゃあ乗り換えようという気になれるかと言われるとそうではありません。なぜならこれらはネガティブ要因を排除しただけだからです。キャリアを乗り換えるためには「キャリアごとに異なる魅力がある」または「単純に乗り換えるに値するメリットがある」など、ポジティブ要因があることが求められます。具体的には前者はプランの違いや付加サービスの違いなどであり、後者はMNPによる(主に金銭的な)待遇の違いです。検討段階に影響を与える乗り換えようと思う原動力はこれらです。乗り換えを促進するためには実行段階だけでなくこれらの検討段階にもメスを入れる必要があるはずです。
総務省はプランの簡素化や手数料の引き下げ等で実行段階の障壁を大きく引き下げることには貢献しました。一方で、乗り換えようと思う原動力たる検討段階に関しては大幅割引の規制という真逆ともいえる政策を取ったために、障壁が下がっていてもそもそもその障壁を乗り越えるメリットが薄く、キャリアを乗り換えようと思わなくなってしまったのではないでしょうか。化学の観点でいうと、いくら触媒(ここでいう総務省による要請)をブチこんで活性化エネルギー(ここでいう乗り換えるための障壁)を下げようが、そもそも与えるエネルギー(ここでいう乗り換えるためのメリット、インセンティブ)が足りなければ反応は進まないのと同じです。
MM総研の調査で約7割のユーザーは解約違約金の減額に関係なく、キャリア変更の意向がないという結果がこの仮説を裏付けています。
今後のキャリア変更(MNP)意向について質問した結果、「解約違約金が従来(最大9,500円程度)のままでも別の会社に変更したい」は7.1%、「解約違約金が1,000円に安くなったので別の会社に変更したい」が24.1%、「解約違約金が1,000円に安くなっても別の会社に変更したくない」が68.8%となった。約7割のユーザーは解約違約金の減額に関係なく、キャリア変更の意向がない回答結果となった。
Source : MM総研
MNPするだけでお小遣いが稼げる時代があり、それを復活させたいという邪な気持ちがないわけではありませんが、それ抜きにしても乗り換えやすい環境づくりだけでなく乗り換えたいと思えるような政策も同時に進めていく必要があると思います。もちろんそれは金銭的なものである必要はなく、先述の通りキャリアごとにプランが違う、付加サービスが違うといったことでも構わないのです。
乗り換えやすさの前にしなければならない議論
そもそも「乗り換えがしやすくなる→競争が促進される→価格が安くなる」の論理は正しいのか
そもそもこれらの議論は「キャリア間で乗り換えがしやすくなる→公正な競争が促進される→携帯電話料金が安くなる」という論理のもとで成り立っています。
現在に至るまで総務省はこの考えに固執し、ひたすら乗り換えやすい環境づくりを行ってきましたが、それで談合体質が改善されて競争が促進されるのか、競争が促進されると価格が目標の4割安が達成できるのかはもちろん、それ以外の方法(MVNOのマーケティング改善、完全仮想化による固定費・維持費の低減etc...)で価格が安くなるのか、もう一度精査していただきたいものです。
そもそも日本の通信費は高いのか
それ以前にそもそも日本の通信費は高いのでしょうか。
確かに価格だけで比較すると日本の通信費は高いです。しかし、価格だけでなくエリアや繋がりやすさ、通信速度などの品質も同時に考慮する必要があります。
日本のネットワークはどこでも高速に繋がります。地下鉄で通信が途切れることはないし、新幹線のトンネル内でもつながるようになるなど多くの努力しています。海外では考えられないことです。(少なくとも私の経験上では)
例えば楽天モバイル。月額0円、その後も約3,000円で利用できるのであればみんなこぞってMNPするはずですが、実際はそのような動きはなくほとんどの人は依然として3大キャリアの回線を利用しています。いくら価格が安くなっても品質に問題があるのであれば意味はないといういい例です。
この観点を無視して携帯電話料金の議論をするのはナンセンスと言っても過言ではないでしょう。
このように、いままでの「乗り換えやすさ一辺倒」の政策をとるにあたって考慮しなければならない点は多々あります。これらについて深堀りするほどの知識も時間もないので今回はこれらの前提が必要だよ、ぐらいにとどめておきます。
まとめ:5Gが始まる今こそが考えるタイミングだ
- 割引規制したらミドルレンジ帯に強い海外メーカーが躍進してハイエンド帯に強い国内メーカーが弱るじゃん
- eSIM推進してもeSIM対応機種少ないしオンライン契約時の犯罪防止のための本人確認システムはどうするの
- 値下げで資金不足になったキャリアが6Gに向けた研究投資ができなくならないですかね
- MVNOの立場は?
など、他の細かいところで粗が見える携帯電話業界に対する政策ですが、現菅政権が5Gの普及という転換点において、重要な社会基盤となりうる通信業界に焦点を当てている事は評価に値します。
単純にキャリア、メーカー、消費者に影響を与えるものではなく、5Gで社会全体が大きく変わる今こそ、我々も一度通信業界の理想がどうあるべきなのか、興味を持ち考え直すべきなのではないでしょうか。
※本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
2万円割引に関しては問題ないように思う
市場が健全になるんだったら当然のことでもあるし、割引で釣っておいてクソみたいなプランに引きずり込まれるのを防ぐ意味でもそれで良かったんだと思うよ